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子どもの虐待に親権制限論             寛解後515日目

 読売11/24から。
「児童虐待が強く疑われる際の強制立ち入りなど行政の権限が強化される一方で、反発を強める親たちの行動が目立っている。そうしたなか、子どもたちの生活を守ろうと、虐待されている子どもへの「親権」を一部制限する論議が始まり関係者の注目を集めている。」
 昨年、児童虐待防止法の改正で行政(児童相談所、以下「児相」)の権限が強化されて依頼、民法の親権を楯にする親との対立が深まっているとのこと。民法には「親権喪失制度」というのがあるけれど、これは行過ぎ(親権の全部を剥奪し戸籍にも残る)なので、親権の一時あるいは一部停止ができないものかというもの。これは、切羽詰った現場(児相や児童養護施設)からの要望です。例えば、施設に預けられた子どもが親権により適切な医療処置を受けられないケースもあるので、その部分の親権に対し施設の監護権を優先させようとする案です。
 以前も申しましたとおり、私は親がどんなロクデナシでも親権を制限するのは、基本的人権に触れるものと信じて疑いません。しかし、現実、子どもの虐待が減らない以上、限定的、暫定的には必要かなとも思います。歯止めは必要です。そもそも個別の法律(児童福祉法など)だけを改正しても、他の関連する法律が整備されていないので無理があるのです。現行法では、親、子、行政(+家裁)の三竦みの状態。 行政は権限を有す必要はありますが、それだけでは十分ではありません。権限を強化し、親権の制限を進めていったら恐ろしい社会になります。記事中には記者の意見として、「親への支援が重要」と書かれています。これも必要でしょう。親を非難し、行政が権力行使するだけでは虐待は止みません。行政、司法という末端の負担が増えているだけです。立法府が親と子、社会の問題として、まず考えなければなりません。

11/25の報道では熊本慈恵病院の赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」の調査結果の最終報告が出されました。赤ちゃんポストについてはこのブログで何回も取り上げていますのでここでは省きます。調査報告では、捨てた親の言い分もまとめられていますが、理由にもなりません。それより、捨てる親が少なくないという現実を認識し、捨てられた赤ちゃんのことを考えることが先決です。悠長なことは言ってられないと思います。

Ochiba  秋ですね。そんなこと分かってるって? 子どものころ落ち葉を踏みしめて遊んだのを思い出しました。去年まで少なくとも20年間ぐらいは夏が過ぎるとすぐ師走が来ていたような忙しなく刹那的な生活を送っていました。今年はできるだけ「秋」を感じたいと思っています。

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