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安全と環境                寛解後598日目

 一昨年、アメリカや当時の政府が唱えていた環境ビジネスは欺瞞だと言いました。環境と経済は両立しないことは昭和40年代までの日本や今の中国を見れば分かることで、それが両立すると言っているのはきっと裏に何かある、とも書きました。もうお分かりと思いますが、トヨタが売りまくっていた「環境」を売り物にしたエコカーに安全上の不備が指摘され、不承不承リコールすることになったことを見れば、私の言っていたことが分かるでしょう。
 「安全第一」とは工事現場で良く見かけるスローガンですが、私のように現場に長くいた人間にとっては単なるスローガンではなく切実なものです。
 大抵の大企業には環境と安全を統括する「環境安全部」とか「環境保安部」があります(トヨタは環境部)。安全とか保安は内部の話なので一般受けする「環境」を表に出したほうが受けが良いのでこのように表記していると思います。しかし、本来なら安全が先に来るべきものです。ユーザーであろうと従業員であろうと安全が優先されるというのは当然でしょう。 極端な話、安全を確保するためなら経済や環境は二の次にしても仕方の無いことです。私の職場でこんな話がありました。その従業員は機械の保安員で、責任感が強い人でした。ある時、配管から環境法上では漏れては好ましくない液体が噴出しているという報告が入り、彼は急ぐあまり保安具をつけないで処置しようとしました。たまたま、その場に居合わせた私は「多少漏れても周辺住民には危害は無い。後から私が役所に怒られに行くから、まず安全を確保しなさい。」と指示しました。案の定、行政は「漏洩は多少にかかわらず違反だ。」「なぜ直ぐ処置しなかった。」など小役人らしい怒り方をしましたが、元々過剰な法規制値なので周辺住民も従業員にも健康被害出ておらず、結局は不問に付されました。
 安全は2つの面から語られることがあります。一つは従業員や地域住民の安全です。もう一つは製品安全です。しかし、これらは同じことであり製品に対する安全の配慮がなされてなければ従業員や地域住民にもなされておらず、逆も同じことです。更には大きな意味では環境も安全も同じです。地球温暖化問題というのも結局は社会保障・安全の問題です。それをビジネスにしようという不純な考え方が人間の安全・安心を損なうのです。トヨタの件は、会社の傲慢不遜(消費者に対する)の体質もありますが、とりあえず社長が謝っています。会社としても相当の損益となりペナルティーとしては十分です。しかし、それを指導・監督していた政府(内閣府、国交省、経産省、環境省)は知らん顔です。あんた達も同罪なんですよ。
Receipt  確定申告の季節です。私は初めて医療費控除をします。 一昨年のリンパ腫治療の医療費は莫大でしたが、高額医療費制度やがん保険もおりましたので控除はできませんでした。昨年中はリンパ腫関係、大腸ポリープ切除、脂質異常、膝痛、泌尿器科などなど細かいのが多いのでできそうです。でも、なくした領収書なんかもあり大変です。健康保険ではどこでどう支払ったかは情報として管理されているのですから、どうにかならないんですかね。あー面倒くさい。

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